繰り返すできごと
「アナバシスー敵中横断6000キロ」クセノポン(松平千秋 訳)
それはわりとどこにでもある話しで。
家督を継ぐべき長男がどこかおっとり、鷹揚としているのに比べて、次男は才気煥発、人の心をつかむ術に長けていることも、
そんな次男が母親の愛情を一身に集めることも、
やがて兄弟がお互いを不倶戴天の敵として闘うようになることも。
古代ペルシアの王家でも、このありふれた出来事が起きた。
次男のキュロス王子は兄アルタクセルクセスの王位を奪おうと、壮図を抱いて幾千里、小アジアの端からはるか彼方バビロンへと侵攻する。
けれど、大願成就のまさに直前、王子は戦場で討たれて果てる。兄は冷酷にも弟の首を切り腕を落とした。
同じ母親から生まれながら、自分はその愛情を十分に受けることができなかった。王にはそんな鬱屈があったのかもしれない。
キュロス王子の遺体がその後どうなったのかはわからない。王族とはいえ大王に弓を引いたのだ、乾いた大地にそのまま打ち捨てられでもしただろうか。
文中に描かれるキュロス王子は若さに似合わぬ懐の深さを持ち合わせたとても魅力的な人物で、著者がどれほどこの王子に惹かれていたかがよくわかる。
若く美しく、豪胆な王子。
自分の過ぎた愛情がその子を死に追いやったことに気づいたとき、母親はどんな気持ちでその事実をかみしめたことだろう。
人は感情に左右される生き物で、誰にでも平等に自分の気持ちを振り向けることは残念ながらしごく難しい。だからこの手のよくある話しが人を変え時代を変えて繰り返されてしまうのだろう。
ペルシアの大王が身に纏う美麗な衣装のかわりに彼の遺骸には砂が吹き付けるばかりで、かつて人々を魅了した表情も声もなく、彼の武勇を支えた筋肉も消え去り白い骨だけとなって、やがてその骨も風に吹かれて四散し…
そしてまたどこかで彼の演じた人生と似たような話しが再演される。
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