アラクネの糸
まだまだ風邪が続く。
会社は当然のことながら乾燥がひどくて、咳をおさえるのに一日じゅう苦労した。いちど咳込むと立て続けに咳をしてしまって大迷惑必至なので、なんとかがまんしようと思ったのに、なんたることか、怪鳥が首を絞められたみたいなとんでもない声が出た。女のひとの出す声じゃない。赤っ恥もいいところで、さんざんな一日だった。
これ、いつ治るんだろう。ほんとに治るのかな。
いつまでもぐずぐずとすっきりしない身体をかかえていると、例によってろくでもないことが思い浮かぶ。
たとえば。
そもそもの風邪の引きはじめの日。あの日は周りの騒音に紛れて、好きなだけ声を張り上げて気持ちよく歌っていたのだった。歌いながら、この分なら歌だけは充分聞かせられそうだなあ、なんて自惚れていたから、その声を取り上げられたんじゃないか。機織りの腕前を女神と競うほど思い上がったせいでクモに姿を変えられたギリシア神話のアラクネのように。
たとえば。
ふだんは人前での演奏なんて嫌がるのに、今回に限って新年の発表会で3曲も演奏するなんてがんばってしまったのは、これが最後になるからじゃないのか。来年の今ごろ自分はいなくて、先生やほかのお弟子さんたちが「去年はあんなに張り切ってたのにねえ」なんて思い出話でもしているんじゃないか。
… 元気にさえなればすべて笑い話。
けれどその元気が戻ってこないと、心が変に縮こまって、不安に囚われてしまう。
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