高崎ー20160907(2)

高麗川。
駅を出たとしても有名な巾着田までは少し距離があり、かといって駅前は閑散として特段見るものもなさそうな雰囲気。
このまま30分も立ちんぼか…と、しかたなく文庫本を取り出したところに高崎行きのディーゼル車がやってきて、涼しい車内の窓際の席に腰を下ろすことかできた。やれやれ。

高麗川を出てからは田園風景が続く。
この風景が見たくて今日は出かけてきたのだ。
緑の山々を背にした稲穂の黄金色の実り。鳥よけに張りわたされた金銀のテープがきらきら光る。

寄居。
寄居の駅が近づいて、ディーゼル車は汽笛をひと声ふた声鳴らした。
これまで窓に張り付いて進行方向左側の景色ばかり見てきたけれど、汽笛に引きずられるように右手を見れば、なだらかな丘陵地とその手前に深く落ち込んでいく斜面との広がり。思わず目をみはる。
土地が落ち込んでいくのはそこに川があるからで、ディーゼル車はそれからすぐに荒川を渡った。はるかな眼下に白く濁った碧玉のような流れ。

丹荘。
寄居を過ぎてからは、線路は山ぎわを離れて平坦な土地をゆく。
すこし退屈になってうとうとしかけたところで丹荘駅に到着。使われなくなったホ ームと、枠だけが残る駅名板。

高崎。
かつて城好き・中世城郭派だった身としては、近世城郭や復元櫓なんぞはわりとどうでもいいのだけれど、これから先もう二度と高崎で降りないかもしれないし、と思い直して市役所方面へ。
アスファルトの厳しい照り返しに耐えて、ようやくお堀端にたどり着くと解説板があった。暑くてぼうっとするせいか、書かれた文字がなかなか頭に入ってこない。
それでも解説の文字をしつこく最後まで読んだのは、高崎市街の地図を見るたびに、お城の近くに「頼政神社」という神社があるのが気になっていたから。
頼政といえば平家物語のあの源三位頼政しか思いつかない。その源三位がどうして高崎城下に祀られているんだろう。
残念ながら解説板はなんにも言及していなかったけれど、さすがに神社には縁起を書いた案内板があるはずだ。ということで、三の丸を突っ切って頼政神社に足を伸ばしてみる。

頼政神社。
頼政さまには申し訳ないのだけれど、まるで打ち捨てられたかのような雰囲気で怖かった。お詣りしても大丈夫かな、と心配になるくらい、草ぼうぼうだし、樹木も手入れされているようには見えない。あまつさえ、手水舎の水も出ていない… それでも社殿の扁額は新しかったし、お世話している氏子がいるにはいるのだろう。
さて気になる当社の縁起は、高崎藩主だった大河内氏の先祖が源三位頼政だとのことで、大河内氏が城下にお祀りしたのだった。高崎、越後村上、それから再度高崎へ。大河内氏の転封のたびに神社も一緒に移転していた。

神社の端まで行くと烏川の流れが望めた。
私はなだらかな脇道から境内に入ってしまったが、国道に面した表の参道は急な階段になっているようだった。ここは烏川のほとりの急崖の上なのだ。
だいぶ離れているはずなのに、強い流れがここからでも見てとれた。高崎城が烏川を一方の守りとした城郭だったのが実感できる。
神社の縁に佇んでその流れをしばらく眺め… もう一度、手水舎の前から社殿を目に焼き付けると目礼して神社を後にした。

高崎城。
戦前に陸軍・歩兵第十五連隊の用地となってしまったこともあり、ほぼなんにも残っていない。
乾櫓と東門が三の丸の一角に復元移築してあるので見に行く。

櫓の向かいには枝ぶりも立派な「飛龍の松」。

前橋まで。
新前橋駅の手前で、いかにも雷をはらんでいそうな雲が空を覆っていることに気づいた。榛名山麓の頂を濃い灰色の雲が隠している。
前橋駅に着いたら赤城の山も隠されていた。
雄大と言ってもいい、広くてなだらかな赤城の稜線と不穏な雲と。そして悪い空を背景に、不吉感たっぷりに屹立する群馬県庁と。
目の前の車窓はこんなに極悪な景色だというのに、背後から差し込むのは暑苦しい夕日で。へんな感覚だ。

桐生。

失敗した。
高崎から乗り込んだ両毛線は桐生止まりで、久喜に出るつもりでいた自分は、桐生駅で東武線に乗り換えられるものと勘違いしていた。
ぽちぽち写真を撮って、さあ乗り換えるか、と改札を出てみたら。
なにもない。
乗換え駅がありそうな雰囲気もない。
改札前の地図板に駆け寄り確認してみたら、少し歩いたところに西桐生駅があるきり。
西桐生から久喜に出るには、いったん前橋方向に赤城まで戻って乗換えないといけない。外はもう薄闇が迫っている。戻ってみたところで、初めて見る景色を楽しむには時間的に遅い。
しまったなあ… 
未乗線踏破の目的が最後にきて頓挫だ。
下調べもせずに思いつきだけで遠出をする自分がいけないんだけど。
しかたなく待合室の扉を開けて、次の小山行きを待つことに。
待合室には丸刈りの男子高校生が二人。LINEかなにかをしながら笑い転げている。発音はふつうに標準語。現代はどこでもおしなべて標準語で、方言は家でも学校でも使われなくなっているのかなあ。だとしたらそれは淋しいことだし、財産の喪失だ。

桐生駅から。
桐生からの両毛線はラッキーなことにボックスシートだった。よかった。山が見える方のボックスに陣取り、暮れゆく窓外の景色に目を凝らす。
山前の駅で停車中、突然、素早いカメラのシャッター音が聞こえた。
反対側のボックスを振り返ると、窓にレンズをくっつけてファインダーを覗いている青年がいた。いささか行儀わるく、靴を脱いだ脚をむかいのシートに乗せている。
発車してからもカメラは両手でくるむように持ったまま、時々さっと構えてシャッターを切る。
やがて電車が大平下の駅に着くと青年は荷物をひっつかんで飛び降り、降りたと思ったらすぐにまたカメラを構えた。本職なのか趣味なのか、いったいあの駅であの薄暗くなる時間になにが撮れるんだろう。ちょっと興味をそそられた。

栃木あたり。
やがてすべてが紫陽花色の空気に溶けだし、栃木駅で完全に時間切れ。もう外の景色は完全に車内の蛍光灯に負けて見えなくなった。

小山。
最後はもはやなじみとなった小山駅。湘南新宿ラインに乗り換えて一路東京へ。

これにて本日の旅はおしまい。

陽は中天を過ぎて 2nd season

第二人生。 ここから歩いていこう、 鮮やかな夕映えのなかを。 大丈夫、自分はまだ生きている。

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