冷たい連環
家に帰る。テレビをつける。お湯を沸かす。弁当を食べる。
一連の流れ作業を終えて、そういえば今朝は新聞も読んでいなかった、と散らかった床から朝刊を拾い上げてぱさりと開いた。
衝撃的な写真だった。
社会面の3分の2を占めるその写真には、中近東の人とおぼしい男女3人が、血にまみれた身体をお互い背中から支えあうようにして倒れていた。
前後を男性2人にはさまれた真ん中には額に金貨の飾りをつけた黒いベールの女性。もう若くはない彼女の目は大きく見開かれたまま、閉じられてはいなかった。
折しも、テレビからその事件のニュースが流れてきた。音量を上げると「テロ」という単語が耳に入ってきた。
テロ。
もはや日常語だ。
新聞に載っているのと同じ画像が画面からはみ出すほどにクローズアップされ、彼女の大きな目を見ていられなくなって顔を背けようとしたとたん、どこかの山間いの集落に画面が切り替わった。
白茶けた山肌、灰色に曇った空。
着飾った子どもたちが村の広場に集まっている。白い上下に深緑のベストを着て、縁なしの帽子をかぶった男の子たちはみな太鼓をかかえ、やはり白いドレスの女の子たちは手に手に色とりどりのショールを持ち、輪になって踊りの練習をしている。
ナレーションが流れる。
テロの実行犯たちの遺体は村に帰り、英雄として葬礼が執り行われる…
子どもたちは英雄を迎え、あの世に送る、その儀式の練習に余念がない…
この世はなんなのだろう。
遺伝子の乗り物である人間は、遺伝子の乗り物であるがゆえに、より良い環境を求めて抗い戦い、倒れた仲間のためにさらなる戦いへと身を投じる。
英雄となったこの男女3人は、いったい何を願い何を求めて死んだのか。それは本当に手に入ったのか。テロ行為を正当化する彼らの大義は、生命を燃やし尽くすに値するものだったのか、死の瞬間の痛みと恐怖のなかにただ永遠に閉じ込められただけではないのか…
突然、ザッと変な音がしてテレビが消え、うそ寒い静けさに包まれた。
身震いする。
この、自分の遺伝子はどこへ行くのだろう。
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