来年は

ここしばらく懸案となっていた来年のスケジュール帳をようやく入手。
年明け以降の会議やら締め切りやらの予定がぼちぼち入ってきているのに、気にいるものがなかなか見つからず、とりあえず今年のスケジュール帳の余白に日程を書き込んで間に合わせていた。手帳選びもだんだん面倒になってきたので、会社で配っている月めくりカレンダーで代用してもいいかなんて考えはじめていた。
仕事用のスケジュール帳は見開き一か月の薄いもので十分なのだけれど、ウィークリーのページまで付いてて分厚すぎたり、あるいは表紙がいまいちだったり、あれだけ広い手帳売り場にあれだけたくさんの種類がありながら、自分が欲しくなるようなものが全然見つからないというのはいっそ不思議なくらいだ。
こういうとき、大げさだけれども、資本主義の行き着く先を垣間見るような気がする。
ビジネス用の手帳だけでも呆れるほど種類があるのに、キャラクターものや、家計簿と一体化したもの、月の暦をベースにしたもの、江戸時代をイメージしたもの… 客のニーズを追いかけ追い越し、客は広がりすぎた選択肢の中でかえって戸惑うばかりだ。
それはさておき、これで来年の準備を始めることができる。年々、新年というものに対する感慨が薄くなっている自分でも、新しいスケジュール帳をおろすときの感覚はすこし特別だ。
来年はどんな年になるだろう。
どんな仕事をできるだろう。
できることなら、価値を消費するだけではなく、価値を生み出すようなことを。

陽は中天を過ぎて 2nd season

第二人生。 ここから歩いていこう、 鮮やかな夕映えのなかを。 大丈夫、自分はまだ生きている。

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