巣鴨駅周辺
先週の金曜日、先生のライブに行く途中、巣鴨駅で乗り換えた。地下を走る三田線の改札を出て階段を登り地上に出たとき、日はもうとっぷりと暮れて駅前の風景は宵闇の中だったけれど、急に懐かしさがこみあげてきた。
巣鴨なんてもう何年ぶりだろう。
卒業してからも秋の学園祭のときにはよく足を運んだものだけれど、大学が郊外に移転してからは来ることもなくなった。ということは、少なくとも干支ひと回り分くらいは経っているだろうか。
まだ時間もあることだし、またいつ来られるかもわからない。ちょっとあたりを歩いてみよう。
ロータリーの向こう側には、いつも行列ができていた福々まんじゅうのお店。小ぎれいに改装されて様子が変わっていたので、見落とすところだった。
白山通りのアーケード。
昔ながらの個人商店的なCD屋さん(もしかしたらカセットテープ屋さんかも?)もまだ健在。
やたらと広い白山通りを渡った反対側のアーケードは学生時代にはあまり行ったことがなかったけれど、ついでなので横断歩道を渡る。
たまに飲みに行っていた居酒屋「一銭蒸気」はなくなってしまい、どのあたりに店があったかも思い出せない。が、火曜の5限のあとによく友だちとお茶をしたコージーコーナーは無事でほっとする。
学生のころはバブルの余韻か、はたまた若さか、きらきらした綺麗なものにばかり目が惹かれて、昔ながらの商店街というものにはとんと興味がなかった。だから、いつもの通学路から通りを隔てただけの場所にこんな八百屋さんや本屋さんがあるのも知らなかった。
もったいないことをしたな… 八百屋さんはまだしも、本屋さんはかなり存続が厳しめな風情。
ロータリーに戻って、駅ビルを見上げる。
巣鴨にまでアトレなんぞができるとは。本当にこじんまりとした、いっそ田舎のような駅だったのに。隔世の感。
ふとロータリーの一角を見れば、駅前の書店と、うちの学生の溜まり場だったジョナサンが目に入った。ジョナサンで徹夜することを「朝ジョナ」とか言っていたような気がするが、自分も何度、朝ジョナしたことか。
あれは、小ざかしい高校生が怠惰な大学生になって、大人の入り口に立とうとしていた日々。懐かしくて、けれど思い出して感傷にひたるには恥ずかしいことの多い日々だ。
それでももし、もしもあの日々に戻れるなら。そうしたら自分は。
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