ようやく読んだ…
「月曜物語」ドーデー(桜田佐 訳)
国語の時間に「最後の授業」を習ったのは、小学6年生のときだったか。教科書の挿絵には「Vive la France ! 」と書かれた黒板。たぶん、これが英語以外の外国語を見た初めての経験のような気がする。
あのころはわからなかったけど、「最後の授業」のアメル先生の学校は寺子屋みたいなもので、私たちが通ったような大きくて立派な建物のいわゆる「学校」ではないのだろう。
ちいさな、村の寺子屋。
そんなところにも戦争はしのびより、住人たちから言語を奪う。
そして自由が奪われる段になってようやく、自分たちがどれほど贅沢に自由を浪費してきたかに気づかされるのだ…
で、この「最後の授業」を巻頭にした「月曜物語」。
短編集というのは、ほんの数ページずつで次々と場面が変わり、登場人物が変わっていくので、なかなか私にはしんどい。いちいちその場面を思い浮かべるのが難しくなって、ただ字面を追うだけになってしまったりする。そして、単に文字を見ていただけだということにはっと気づいて、最初まで戻って読み直してみたり。話の舞台が、あまりなじみのない普仏戦争の時代だということもあるかもしれないけれど、読み切るのはいささか難儀だった。
それでも放り出さなかったのは、第2部に入ってからの文章が、ときおり、淡彩の絵のように繊細でひどく惹きつけられたからでもあり、巻末の短編にどうやら日本が出てくるらしいので、どんなものかと期待したからでもあった。
最後の短編のなかで作者が手に入れたがっていたのは、16世紀の作品だという「盲目の皇帝」という名の日本の悲劇。はたして実在の作品なのかどうかよくはわからないが、持ち主が急死したために、入手目前にしてその悲劇は永遠に作者から遠ざかってしまう。
まだ見ぬ国への憧れのように、それは遠いからこそ、想いは色褪せないのかもしれない。
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