午後の点景

夏休みも終わりのある日の午後。
いまにも降り出しそうな空模様に、港に帆船を見に行く予定をとりやめて、ふたりで部屋でだらだら過ごしていた。
自分はベッドに背中を預けて見るともなしにテレビ画面を眺め、奴は向かって左側、胡座をかいてなんだか分厚い本を読んでいる。
本を読むときに軽く肘をついて左腕を斜め前に浮かせるのは奴の癖で、それは構わないのだが、軽く握ったり手首を回してみたりと手のひらが画面の前をチラチラ動いて邪魔をする。そう言ってやっても生返事ばかりで、埒があかない。
ったく、見えないって言ってんのに。邪魔だろ。
身体を起こして手を伸ばし、奴の左手をテーブルに押さえつけた。
え、なに。
夢から覚めたような間抜けな声。自分の抗議はまったく耳に届いていなかったらしい。本に集中しすぎだ。
悔しいのでそのまま手を押さえつけていたら、なにかが視界のなかで動いているのに気づいた。手…になにかあるんだろうか。
なあ、手を離してくれよ、読めないよ。
困ったような声を出したって知るもんか。
なにが動いているのか気になって、奴の左手を目の前に引っ張ってきて観察した。
ああ、こんなところに血管があったのか。
手首に近いところの皮膚が、同じ間隔でとくん、とくんと盛り上がる。青く透けた静脈とは違う、なんでもないところが動いているのは不思議な感覚だった。
生きているんだなあ…
ん?
これ、血管じゃないの。
あ、ほんとだ。なんかキモいな。
自分の血管だろ。キモいってなんだよ。
いや、なんだろね。
奴が笑った。自分も笑った。
もうちょっとしたらメシ食いに行くか。
奴はそう言ってまた本の世界に戻って手をヒラヒラさせはじめた。自分は窓の外を見上げた。
明日は晴れるかな。

陽は中天を過ぎて 2nd season

第二人生。 ここから歩いていこう、 鮮やかな夕映えのなかを。 大丈夫、自分はまだ生きている。

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