失われゆくもの

「その姿の消し方」堀江敏幸

このひとの小説は言葉の手触りがいい。なんというのだろう、とても静かで落ち着いていて。
主人公の「私」が探していた詩篇はついに揃わず、詩篇の作者も、作者やその縁者を知る人も、生死を異にしたり、生きてはいても恍惚境に入ったり、かつてこの世にたしかに存在したのに次第次第に記憶は失われ、存在の輪郭を崩していく。行き着くところは完全な消滅。淋しい話のようなのに、文章から感じるのは澄明な空気で。

作中、戦前のフランスの簿記試験の話が出てきて、なんで試験科目に書き取りなんぞがあるのかと不思議に思ったが、そりゃそうだ、昔はすべてが手書きだったのだから。
少し前に、久しぶりにペンを持って書きものをしたら、筆圧のせいもあるかもしれないけれど、ノートにたった2ページ書いただけで手がかなり痛くなった。今の自分が戦前にタイムスリップでもしたら、まったく使えない事務員だろう、文字は書けるが長い時間書き続けることはできないのだから。
こうしてみると、パソコンだの携帯だのってやっぱり楽だ。ほぼ考えるスピードで打てるし、こんなに手首やら腕やらが痛んだりしない。
最後のほうで、突然、露伴先生の名前が出てきたのには驚いた。露伴先生ってこうやって他の人の作品の中でぽこっと言及されることが多い気がする。さすがというべきか。

陽は中天を過ぎて 2nd season

第二人生。 ここから歩いていこう、 鮮やかな夕映えのなかを。 大丈夫、自分はまだ生きている。

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