陛下
今から思えば滑稽なことだけれど、小さい頃の私は昭和の天皇陛下のことを死ぬことのない人だと思っていた。いつまでも生きてこの世に在り続ける、私たちみんなのおじいさまだと。
けれど陛下は亡くなり、今の陛下が皇位を継いでいつのまにか四半世紀以上が過ぎていた。若いと思っていた陛下ももう80歳を超えていて、世間一般なら隠退しているのがふつうの年齢のおじいさまなのだということにうかつにも気付かなかった。
7月15日付け産経抄の最後の一段落にはこうあった。
「責任感の強い陛下は、何より公務の削減にもどかしさを感じられているようだ。皇后さまと、ゆっくり過ごしていただきたい。心から願うとともに、もう一つの思いも消えない。たとえ公務がかなわなくなっても、天皇陛下のままでいていただきたい。」
私も退位しないでほしいと願っていた。
けれど、やはりこれ以上無理を押していただくのは申し訳ないのではないか。もう、お心安くゆっくりと過ごしていただくべきではないのか。歴史を振り返れば、譲位をした天皇の例はいくらでもあるのだから。
その一方でなにかが引っかかるのは、今の陛下に天皇陛下のままでいていただきたいと我が儘にも願ってしまうのは、明治以来、天皇の生涯はそのままひとつの時代として我々の生活を区切ってきた、それが終わろうとしていることへの、明治から続いた日本の大きな一時代が転回しようとしていることへの、無意識の抵抗なのかもしれない。
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