メランコリア
また台風が来るというので、夕方、トネリコさんだけ部屋にとりこんだ。ベランダから見上げた空には、夕陽を受けて橙色に色づいた入道雲。
気がつけばこうして1日がおわり、1週間が終わり、ひと月が過ぎ、数ヶ月、数年と過ぎている。
ここ数日、ネットのロシア関連サイトでは、ゴルバチョフが軟禁されたソ連末期のクーデター事件から25年だというので特集が組まれている。
25年…?
いったいいつの間に。
人生は練習だ、となにかの小説で読んだ。練習を重ねてよりよい人生を、というような話だったか、文脈はもう定かではない。
どれほどの明日を無駄遣いしてきたろう。
どれほどの時間が残っているだろう。
なのに、身についた怠惰は抜けず、どこにもたどりつかないまま、この25年は前世の出来事のように薄い膜の向こうで淡い影を見せるだけ。
自分が思い描いていた自分もまた、遠い記憶の中で覚束ない映像を結ぶだけ。
カタリ、とトネリコの鉢植えを床に置いて、呆然とたたずんだ。焦燥感すら、感じることができない。
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